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紫色の月光

紫色の月光

第四十二話「僕等のヒーロー、ポリスマン」

第四十二話「僕等のヒーロー、ポリスマン」


 
 エリックたちを飛行大陸へ連れて行ったヘリコプターが戻ってきた丁度その時、警官の中でも特に大きい発言力と実力を持つダルタニアン・ニコレーは部下の男と話し合っていた。

 部下の名はネルソン・サンダーソン。

 遂先程、珍しく自分から抗議するためにやって来たのである。

「何故ですか、大長官!」

 ずばん、と上司の机を叩くネルソン。その迫力ある勢いと、焦りに追われるかのような表情が、今の彼の必死さを表していた。

「何故、自分があの空飛ぶ島に向かってならんのですか!?」

 聞けば、向こうが出してきた要求には自分も含まれていたらしいではないか。
 それならば、自分も行って当然。
 しかも、あの飛行大陸からは只ならぬオーラを感じる。彼の第六感というか、野生の本能と言うか、兎に角人間には理解出来ないような感覚で、『自分の力が、あの場で求められている』と訴えているのだ。
 普通の人が聞いたら間違いなく引かれるが、今はそんな事はどうでもよかった。

「ネルソン君、君の気持ちがわからないこともない」

 すると、机の反対方向に立つダルタニアンは、普段の黒のボンテージ姿(今は勤務中なので制服だが)からは想像もできない程の真剣な顔つきになり、語りだす。

「私とて、伊達に長い間警官をやってる訳じゃない。あの飛行大陸を野放しにしておけばどれ程危険な事が起きるか、十分理解しているつもりだ」

「だったら――」

 何故、と問う前にダルタニアンが遮った。

「あの飛行大陸が出現した時、大陸は何をしてきたと思う?」

「……自分たちを連れて来い、と言われたのではないのですか?」

「それも確かにあったが、大陸はソレよりも前に、我々に拒否権を与えないように『先制ジャブ』を放ってきたのだよ」

 見たまえ、と新聞をネルソンに差し出す。
 ソレを受け取ると、彼はそこに書かれている文章を凄まじいスピードで読み進めていった。

「……既に日本の『カナガワ』、オーストラリアの『シドニー』が大陸からのビーム攻撃で大打撃を受けている。君は現場に居なかったので今まで知らなかったようだが、あの大陸を野放しにしておけば間違いなく『危ない』のは確かだ」

「では、尚更自分が行かなければ行けないのではないでしょうか!?」

 その主張も最もである。
 それに仮にも大長官と呼ばれてるだけあり、ダルタニアンは部下であるネルソンの変身パワーの事を知っていた。この力を上手く使えば、もしかしたらあの飛行大陸を何とかできる、とも考えたことがある。

「だが、遅いんだよネルソン君。この一週間の間、軍や政治家たちは一つの決定を下していたのだよ」

「決定……で、ありますか?」

 そうだ、と部下に向かって頷くダルタニアン。
 そして彼は重々しい口調で、言葉を吐き出した。

「今から二時間後、大陸向けてミサイルが発射されることになった。……私は、君を外すことだけで精一杯だったんだ」

「な……!」

 いかにネルソンが馬鹿と言っても、この事態が理解出来ないわけではない。
 恐らくは一発で落とすために、巨大な代物が放たれることだろう。破壊力だって、命中した時にどれだけの被害が出るのか想像もつかない。

 それを、『彼等』がいる大陸に向けて発射しようというのか。

「待ってください!」

 再び机に両手を叩きつけるネルソン。
 だが、その力の入り具合は先程の比ではなく、ダルタニアンの机はその衝撃だけで崩れてしまう。
 
「大陸には彼等がいます! 怪盗どもはどうなるんですか!?」

「……普通に考えれば、爆発に巻き込まれ、大陸の機能と共に命を落とすことになるだろう」

 睨み付けるようにしてダルタニアンを見るネルソンだが、当の本人は最初からこう出ることを予想済みだった。
 だからこのタイミングで話したのだ。もう後戻りできないであろう、このタイミングだからこそ話すことが出来たのである。そうでなければネルソンの性格上、すぐにでも怪盗たちにミサイルの事を喋っていただろう。それでは下手をすれば大陸に感づかれてしまう。
 それでは意味がなかった。

「……そろそろ、娘さんの誕生日なんだそうだな」

「は……はい」

 急な話題変換だった為、少し会話に乗り遅れるネルソン。

「確か君は、家族とのコミュニケーションで悩んでいたそうだね。折角だ、会いに行ってあげたらどうかね? 怪盗逮捕の任から降ろされれば、君も休暇が使えるだろう?」

 そういえば、随分と前に怪盗シェルことエリックと出会ってから、自分の人生は彼等に使いっぱなしで、家族サービスは全然だった。
 その事に対するグチを聞いていたのは常に彼の相棒であるジョン刑事であり、彼もどうにかしてネルソンと彼の家族の関係をいい方向に持って行きたい、と常々考えていた。

「娘さん、確かクリスちゃんだったね。年齢的にも難しい年頃で大変だろう。こういう時、父親として力になってやるべきだろ、うん」

 ぽん、と肩を叩いてから自室から出て行くダルタニアン。
 だがネルソンは暫くの間その場に佇んだままだった。

「……そうか、あの怪盗を追いかけてもうそんな経つのか」

 思わずそんな事を呟いていた。
 昔はアメリカで出没したこともあり、エリックを追いかける場合は家からでも何の問題もなかったが、流石に国外だとそうはいかない。

 一度追う、と決めた奴は必ずその手で逮捕するという信念を持つ警官、ネルソンは相棒のジョンと共にエリックを追ったが、ソレは同時に家族と離れて暮らすことを意味していた。

 飛行機に乗る時の別れ際、確か娘はこんな事を自分に言ってたような気がする。

『パパ、今度は何時帰ってくるの?』

『そうだな、クリスが高校生になる時には帰って来るぞ。何なら、その時の新年になるまでには帰ってくるぞ!』

『じゃあ指きりしよー』

『おう、任せとけ!』

『あらあら、この娘ったら本当にパパが好きなんだから……頑張ってね、アナタ』

 妻のメアリーの言葉を背に受け、娘のクリスとの指きりを胸に刻み、彼はオーストラリアへと飛んでいった。

 そして今年はその約束の年。
 クリスは高校生の15歳。話によれば、妻に似て美人になっているらしいではないか。

「あれから、もう3年か。反抗期だった時期もあったとはいえ、流石に長い間離れると家族の事が気になるモンだな」

 表情に笑顔が訪れる。
 折角上司が自分に気を使ってくれたのだ。

 ならば今は遠慮なくその好意に甘えてもいいじゃないか。
 今ならば、家族にだって会える。

「は、はははははは……」

 笑いながらダルタニアンの部屋から出て行くネルソン。
 だが、明らかに普段よりも元気がない。
 寧ろ、乾いている、とさえ言える。

 それもそのはず、何故ならば、

「納得できるかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 彼は上の決定に納得してなかったからである。
 普通なら彼のような一警官が反発したところでどうにもならないだろう。

 しかし、それがなんだ。
 そう、だからなんだってんだ。

 普通の奴が駄目でも、この男はやると決めたら最後までやる。
 それがネルソン・サンダーソンと言う男の生き様なんじゃないのか?

「け、警部?」

 振り返ると、そこにはヘリで帰還してきたジョンが驚いた顔をして突っ立っていた。
 声をかけようとしたらイキナリ本人が天地を突き破らん限りの大声を出したんだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

「ジョン、お前は何故警察官になろうと思った?」

「へ?」

 思っても見なかった質問を投げつけられたが、自分の上司が突然何かを言い出すのは何時もの事だ。
 故に、口から出る返答の言葉は早い。

「人々の役に立って行きたい。最初は皆に笑われる理由だったけど、自分ではそれが一番大切なことだと思ってます」

「上出来だ。ならば再び聞こう」

 
 その守りたい人々があの怪盗どもの場合、お前ならどうする?


「……はい?」

 今度は本当に予想だにしなかった言葉だった。
 彼等を逮捕することを一番に考えるはずのこの男が、何故そんな事を言うのか。

 ある意味、ジョンにとって今世紀最大の謎だった。

「ジョン、お前も知ってるだろ。奴等が裏組織『イシュ』を壊滅させ、形としては俺たちや家族、仲間たちも救われた」

 そう、つまり自分たちは彼等に『貸し』があるのだ。
 しかし正義の味方を名乗る自分たちが、悪を名乗る怪盗に貸しを作りっぱなしではどうにも腹立たしい。自分自身にも、あの怪盗達にも、だ。

「なら、そんな俺たちは、『奴等の功績』を影ながら知る者として、やっとかなきゃあならんことがあると俺は思うんだ」

「……本気ですか警部? 既にあそこには新型ミサイルの発射が決定しているんですよ?」

 ジョンが何時になく真剣な目でネルソンに問うが、やはり彼の顔には迷いがなかった。
 しかし、その迷いのなさに半分呆れつつも頼もしさを感じる自分がいるのも確かだ。

 この男と組まされ、そろそろ三年の月日が経とうとしている。
 恐らく、彼の暴走を止める役としての自分は、時間と共にその役目を果たせなくなっていたのだろう。

 そうでなければ、彼はこの時点で自身の上司を這ってでも止めようとした筈だから。

「あのヘリはさっき使ったから、人目につきます。こうなったら、少し時間がかかっても――――」

「待て」

 ジョンとネルソンが移動を始めようとしたその瞬間、彼等の背後から何処か無機質な印象を受ける男の声が響いた。
 振り返ると、そこには機械の身体で自分を生き返らせた男が居た。
 嘗てネルソンと組み、『アレックス』と呼ばれていた男が、そこに突っ立っているのである。

「大長官の意思をなんだと思ってる? あの人は必死になってアンタをメンバーから外したんだぜ?」

「アレックス。それでも、男にはやらなきゃあならん時があるのよ」

 そうかい、と何処か自嘲気味に口元を歪ませるサイボーグ刑事。
 
「その行動で、俺たちにどんな迷惑がかかるかね? あんたは何時も自分勝手で、そして傲慢だ! 自分の行動で、どれだけの迷惑がかかってるのかも理解してやしねぇ!」

 彼の言うことも最もだった。
 幾らネルソンが常識を覆している男と言っても、所詮はただの警察官。行動できる範囲にはダルタニアンのコネがあるとはいえ、限界がある。

 だが、次の瞬間。

「アレックス」

「ん?」

 ネルソンが突然コートの中から何かを取り出し、それをサイボーグ刑事に手渡す。
 一体何だ、と思いつつもサイボーグ刑事は目をやると、

「なっ――――!?」

 彼の手には、嘗ての上司の誇りである警察手帳と手錠、そして拳銃が握られていた。
 
「大長官に返しといてくれ。後、ジョン借りてくぞ。安心しろ、後で必ず返す」

 そういうと、彼は唖然としているジョンを無理矢理連れて行く。
 同じく唖然としているサイボーグ刑事を置き去りにしたまま、止まることなく歩を進めていく。

 だが、彼は最後に一言。
 元部下だった男に言い残していった。

「すまなかったな、アレックス」

 そう言うと、彼は今度こそこの場を後にした。
 








 エリック・サーファイスは全神経を集中させていた。
 視線は標的に釘付け。聴覚にはどんな雑音も入っては来ず、頭の中は五朗に勝つことのみを考えている。
 
 だが、それは五朗も同じだった。
 戦闘経験の差は歴然としているが、彼とて宿命を受けたドレッドの子供。
 例え相手が天下の大怪盗だろうが、負けるつもりはなかった。

 しかし流石に今まで普通の高校生として生きていた彼が、怪盗として厳しすぎる環境に身をおいていたエリックとまともにぶつかって勝てる可能性は限りなく0である。

 いかに潜水艦を渡されているとはいえ、敵は空中戦が得意だ。
 こちらが水中戦に持ち込めないのならば、少々苦戦する。

 故に、五朗はフェアな条件での戦いを提案した。

 それはずばり、

『問題、シティーハンターこと冴羽・リョウの使用する銃の種類は!?』

 ぴんぽーん!

『はい、エリック』

「コルト・パイソン!」

『正解!』

 早押しクイズ対決である。
 
 正直、まともに戦えよ、と言われればそれまでなのだが、彼等は突っ込んでいる暇がなかった。
 因みに、さっきから問題を読み上げたりしてくれているアナウンスはサブマリンの最終兵器の意思らしい。
 最終兵器はやり方によっては便利なものだとは知っていたが、まさかウルトラクイズみたいなセットまで再現してくれるとは思わなかったエリックだった。

「流石は天下の大怪盗……回答ボタンを押すのが早いですね」

 眼鏡をかけなおしてからエリックに言う五朗。
 そんな彼に、エリックは笑いながら答えた。

「はっはっは、怪盗なだけに『かいとう』ボタンは俺の物ってなー!」

「うわ、寒っ!」

 オーバーに凍える様子を全身でアピールしてみせる五朗。
 だが、エリックが気になったのはそんなことではない。

「どうした? お前さっきからボタンを押そうともしねーじゃねぇか」

 そもそもにして、このクイズ勝負を持ちかけてきたのは五朗である。
 それなのに何も行動しないと言うのはどういうことか。
 単純にエリックの動作が速いのもあるが、彼はどう見ても自分から動こうとしていない。

 だがこの疑問に対し、五朗は鼻で笑ってから答える。

「ハンデですよ。先に十問正解したほうが勝者になるんですよ?」

 ならば、と彼は予言する。
 絶対的な確信と自信を言葉に込めながら、その言葉は発せられた。

「僕は十問連続で正解して見せましょう」

「はっ、笑わせやがるぜ。それを立証するために俺をわざと九問連続で正解させたってのかい?」

 幾らなんでもそれはないだろう、と思うエリック。
 それもそのはず、クイズに使われているソフトはインターネット経由で回ってきている物だ。日々問題数が追加されていき、その中からランダムで出題される問題を、この先エリックに一問も正解させずに全て答えなければならないのである。
 しかも、エリックは早押しだ。

(どういうことだ? 何を考えてやがる……)

 そう思いつつも前に向き直り、再び問題回答の姿勢になるエリック。
 次は第十問目。これに正解したら、この勝負は自分の勝ちだ。
 
『第十問。問題でs――――』

 其処までアナウンスが流れた、まさにその時だった。
 

 ぴんぽーん!


「!」

 横に立つ五朗が不敵な笑みを浮かべながらも回答ボタンを押していた。
 タイミング的に考えても早すぎるプッシュ速度を前に、思わず抗議の乗り出そうとするエリックだったが、

「問題内容は、『アーサー王物語』で、アーサーが引き抜いた剣の名称は?」

「何!?」

 エリックの反応を見て、再度笑みを浮かべる五朗。

「正解は、『エクスカリバー』!」

『正解!』

「なっ――――!」

 思わず絶句するエリック。
 信じられない、と言う顔で五朗を見るが、それも彼には面白おかしい光景にしか見えないらしい。

「くくくっ……! どうしました? 僕は宣言通りにこれから九問連続で行くつもりですけど?」

「てめぇ、まさか……問題の内容が判るのか? ソレがお前の本当の最終兵器なのか?」

 再び鼻で笑いながらエリックを見る五朗。

「その通り。僕は別名、アナザー・リーサルウェポン、リーサル・アイ。一瞬ですが、未来を見通すことが出来ます」

「――――!」

 一瞬だけとはいえ、未来予知が可能な目玉。
 それが彼の本当の姿であり、本当の最終兵器。

(成る程、既に差がありすぎる身体能力やマトモなガチンコ勝負だと、確かに未来が見えようがどうしようもねーな。それなら、得意分野での勝負で来た訳か)

 潜水艦も、ある意味では油断させるための手段だったのだろう。
 考えても見れば、幾ら最終兵器であるとはいえ、こんなセットまで使われるのはどう考えてもおかしい。

 だが、気付いたところでどうする。

 既に足元は彼のテリトリーにより、底なし沼の如くずっぽりとはまっている。
 もしもこのままクイズに付き合っていたら、彼の敗北は決定する。

「暴力はいけませんよ?」

 だが、そんなエリックの心を見透かしたかのように五朗が言う。

「既にサブマリンに装備されている内部銃が僕等に突きつけられています。今、ルールを無視して動いたら……蜂の巣になりますよ?」

 その言葉に頷くかのように、エリックの背後でサブマリンが展開。彼の背中に照準を定める銃口が向けられる。

「無論、負けても背中からぱーん、ですけどね。当然ながら、僕も同じ条件です」

「何?」

 見ると、背後に出現した銃口はエリックよりも若干五朗に向けられている。
 
「簡単な事です。正解数が十問に近づくごとに、銃口は相手に向けられる。そちらが九問正解で、僕が一問。計算すれば簡単でしょ?」

 さも当然、と言わんばかりに五朗が言う。
 だがエリックは笑ってなんか居られない。

「てめぇ、ゲームで命の取り合いを希望する気か?」

「ええ、だって勝つの僕ですもん」

 それに、

「こういうのじゃないと、僕勝てないんですよ。普通の殴りあいだと、そっちが槍で僕を貫いちゃうでしょ? 怖いなー」

「……可愛げねー糞ガキめ」

 吐き捨てるようにエリックが言う。
 
 甘かった。
 
 戦わないで済むのなら、ソレに越したことはないと思って提案に乗った自分の考えが甘すぎた。
 やはりマーティオが言ったとおり、確実に殺しにかかれば良かったのだ。
 ウォルゲムを倒したことで、自分の気が緩みすぎていたのだろうか。

(いや、今更何を思うも無駄だ。今の問題は――――)

 如何にして未来予知を潜り抜け、五朗よりも先に確実な回答を叩きだせるか、である。
 口で答えを言うのは簡単だが、それが当たっていなければ意味がない。
 それに、五朗の回答率はどう考えても100%。しかも問題が言われるよりも前に回答を答えることが出来る。

(どうする? どうやってコイツを潜り抜ける――!?)

 必死になって頭の中を回転させるエリックだが、時間は無常にも彼と五朗の正解数の差と共に無くなって行くばかりだった。







 アメリカのサンダーソン家では、玄関に一人の少女の姿が見られた。
 彼女の名はクリス・サンダーソン。

 他ならぬネルソンの娘その人である。

「あー、そろそろ今年一年も終わりかー。なぁーんか貴重な体験した一年だったかも」

 それに、父のいない生活にもすっかり慣れてしまったという事実がある。
 コレでも昔は結構なファザコンだったのだが、やはり本人に甘えられなくなると熱は冷めるらしい。今にして思えば、何で自分はあんな親父に懐いていたのか判らない。

「あ、クリス。おはよう」

「おはよう、ルーシー」

 何時ものように友達と挨拶すると、何時ものように彼女と街の中へ歩き出す。
 以前入手した『宝石』を売ったお陰で、学生には釣り合わない大金を手に入れたこの二人は、休みの日をいいことに遊びほうけているのである。

「今日は何する? 何時ものゲーセンはもう飽きたよ」

「そうねー、そろそろ『やる』?」

 何を、とはルーシーは聞かない。
 何故なら既にその意味を完全に理解しているからだ。

「えー、折角なんだからもう少し遊ぼうよ。折角の年末なんだしさ」

「でもやることないしねー……ん?」

 上着のポケットに突っ込んでいた携帯電話が震えていることに気付き、ソレを取り出すクリス。
 すると、珍しいことに電話が来ていた。
 電話をかけた人物は、電子文字でこう表示されている。


『パパ』


「…………」

 少し渋い顔になった友人の表情に疑問を覚えるルーシーだが、深くは言わないでおく。どうせ嫌がらせとかそんなのだろう、と解釈したからだ。

「……もしもし?」

 数秒の間を置いてから電話に出る。
 すると、電話の向こうから元気すぎる男の大声が響いてきた。

『おお、元気か娘よおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』


 きーんっ


 あまりの五月蝿さに思わず耳を傷める娘。そしてその友達。
 久々に会話する父親の言葉は、予想以上にデカいヴォイスだった。

「イキナリ何よパパ。用がないなら切るわよ!」

 流石にイキナリの大声は鼓膜が痛かったため、怒りをぶつけながら父に話す。

『いや、待て。話ならある』

「何よ、さっさとしてよね。こっちは友達待たせてるんだから」

『ああ、実はさっき俺は警察手帳と手錠を返上してきた』

 余りにも突拍子ないその言葉に、娘はすぐには返答できなかった。
 代わりに答えたのは僅かな沈黙のみである。

「…………え? 嘘、え? 本当に?」

『本当だ。詰まり、俺は今後仕事がない』

 だから、だ。
 
『これから最後の仕事に向かう。メアリーには今日の夕飯と明日の朝ごはんの準備をしておくように言っておいてくれ。当然、バナナを忘れるな』

 衝撃的な出来事が続いてしまったためか、頭の中で整理が追いつかないクリス。
 取りあえず、一つだけ理解しておきたいことは、

「と、取りあえず。……警官、辞めたの?」

 信じられない、と言いたげな顔だった。
 それもそのはず。
 この父親は警官、という仕事を誇りにしている男なのだ。それなのに、全く悲しげな様子も見せない父がいる、と言うのはどうにも違和感を感じる。

 大体にして、家族よりも仕事を優先した男じゃなかったのか。

『辞めた。そしてこれからは、家から新しい職場を探したいと思う』

 此処で一旦言葉を切るネルソン。
 だが、数秒の間をおくと、彼は再び娘に言う。

『今まで家に帰れなくて済まなかったな』

「……それ、ママに言うべきじゃないかな?」

『いやいや、俺とメアリーの心は常に繋がっているからいいんだ』

 本当なのか、と思わず突っ込んでしまうクリス。
 今だから言えるが、母は何故この男に惚れたのか判らない。そして自分が何故この男のDNAを引き継いでいるのかが判らない。

『だが、お前にはこれから難しい時期って時に構ってやれなかった。ソレは本当に親父として駄目だと自分で思ったし、同僚たちともコミュニケーションの事で何度も悩んださ。だが、今のうちにコレだけは言わせてくれ』

「……何さ?」

 また妙な事言い出すんじゃないだろうな、と思いつつ次の言葉を待つクリス。
 









『お前がどれだけ俺を嫌っていても、俺はお前たちを愛しているぞ。それだけは忘れるな。後、母さんにあんま心配かけさせるようなことするんじゃないぞ。流石に国外まで来て、友達と泥棒の真似事するのは関心せんからな』










「ちょ、ちょっと待って!」

 父親からの色んな意味で衝撃的過ぎる発言を前に、思わず取り乱してしまうクリス。
 
「パパ、まさか気付いてたの? 私が……その、」

『お前が俺の行く先に時々現れてた『怪盗ブラックローズ』とかいう奴だろ。んなモン声聞けば一発で判る』


 父親嘗めんなよ。

 正直嘗めてました。ごめんなさい。


 心の中でこんなやり取りが行われると、ネルソンは特に怒る素振りもなく、続きを喋り始める。

『兎に角、俺は今日中にやることをやって帰るわ。お前もあんま遅くならないうちに帰れよ』

 そこで電話は切れる。
 本当に何の突拍子もなく切れてしまったため、思わずパパ、と連呼するが、ソレに答えてくれるのはツー、ツー、という無機質な音だけだった。

「お父さんから?」

 今まで隣で二人のやり取りを見守っていたルーシーが、どこか微笑ましい表情を浮かべている。

「ええ、これからは家に居る、ですって」

 何を今さらねぇ、と言いながらクリスは携帯電話を再びポケットにしまうが、10年代の友人であるルーシーは、そんな事を言いつつも嬉しそうな笑みを浮かべている彼女を見逃さなかった。

「じゃあ、怪盗ブラックローズとホワイトローズも今日で解散かー。流石にお父さんがいるならこれ以上実行する意味はないでしょ。親子の愛には友達の絆にはないものがあるのね」

「何言ってんの。その友達の絆にも、親子の愛にはないものがあるの。一応、誘ってくれたことには感謝してるんだから」

 思えば、キッカケはルーシーが学校で怪盗シェルとイオのニュース話題を取り上げてくれたことだった。
 自分の父、ネルソンが彼等を追っていると話したら、早速情報を持ってきてくれたのである。

 だが、ここでクリスは少し苛立ちを感じた。

 なんでこんな仮面をつけた不審者の為にママが苦労する羽目になったのだろう、と。

 そう考えると、この二人組の存在が異様に許せなくなってきた。
 幸い、こちらは泥棒とは違うが、スポーツには自信があった。父親の遺伝の関係なのか、命綱無しでサーカスの真似事だってやれたし、喧嘩をすれば男子だって倒すことが出来る。

 だから友達と組んで挑んでみた。
 わざわざオーストラリアにまで飛んで、だ。

 そして青仮面の方に追いかけられ、敗北してしまった訳である。

 だが、今度はこう思った。
 勝てないのなら、今度は父親をひっくるめて挑もう、と。

 そしたら、今度は宇宙人にさらわれてしまった。
 まあ、収穫はあったし、尚且つ生きて帰れたから結果オーライなのだが。

「でも、これからは女怪盗は解散、ね。だって悩みの種である張本人が帰って来るんだもん」

「それじゃあ、解散記念に思いっきり遊ぶかー!」

「賛成ー!」

 そういうと、二人の女泥棒は笑いながら街の中を歩いていった。
 




 後ろの席でネルソンが携帯電話をしまうのを見たジョンは、彼に問う。

「これが自分と警部の、警官として最後の仕事になりそうですね」

「ジョン、俺はもう警部じゃない」

 そういうと、彼は立ち上がり、外の風景を見る。
 視界に映るのは巨大な塔が聳え立つ飛行大陸。今頃、嘗て宿敵として見ていた男たちはこの中で死闘を繰り広げているに違いない。

 今まで彼等と共に戦うことは何度かあった。
 しかし今回は立場が違う。

「俺はもう警察官のネルソン・サンダーソンじゃない。正義の味方、ポリスマンだ。俺は俺の正義に従い、俺なりのやり方でやる」

 だがそんな彼に対し、ジョンはヘリの操縦をこなしつつ返答する。

「自分は警部の部下です。それは自分の誇りなんで、例え警部でも譲りたくはありません」

「……そうか」

 正直、ちょっと嬉しくて泣きそうになった。
 だが見られると恥ずかしいので男の涙はすぐに拭い捨てる。
 それにこれからのお仕事を終わらせる前に流すものではない、とも思う。

「よーし、ならば行くぞ!」

 叫ぶと同時、ネルソンは自身の両拳を激しくぶつけ、自身の妄想の塊。正義の味方『ポリスマン』へと変身していく。
 いや、『妄想の塊』ではない。

 子供の頃憧れた正義の味方。
 時に苦悩し、時に怒り狂い、時には厳しく優しい姿に憧れ、自分もあんな風になりたい、と思った少年時代。
 

 社会の現実?

 それがなんだ。


 馬鹿げている?

 だからどうした。


 夢物語?

 何とでも言え。


(大事なのは、自分の正義をしっかりと貫くこと! それが俺の生き様だ!)

 ポリスマンはもう、自分の妄想ではない。
 こうして形にした時、確かにこの場に存在するようになったのだ。

「ポリイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイス、メエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエン!!!!」

 眩い光が彼を包み込むと、すぐに行動を取る。
 だが、その閃光はすぐに止み、視界の邪魔をするようなことはない。
 炎のように真っ赤なマスク。逞しい筋肉の形がくっきりと分るボディー。腹の部分に『正義と愛』と書かれていて、更には手の甲には『G』と書かれている。
 
 普通なら何を考えてるのか、と思える格好をしたネルソンはヘリの扉を勢いよく開けると、両掌を構え、視界に移る『ある物体』を睨みつける。

 普通の人間ならまだ見えないだろうが、ナックルと融合した今のネルソンの視力は常識を遥かに覆すのだ。

 故に、彼はすぐに射程範囲内に『標的を捉える』ことができた。

「警部、ミサイルは!?」

「見えた! これから撃ち落す!」

 既に発射されているミサイル目掛けて、両手から光のエネルギーを生み出すポリスマン。
 それを上手く両手で覆いこみ、光球を作り出すと同時、彼は叫ぶ。

「超必殺、ポリス・ブラスタアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 直後、ポリスマンの両手からエネルギーの咆哮が轟いた。
 それは真っ直ぐ向かってくるミサイル目掛けて突き進んで行き、数秒も経たない内に接触。

 次の瞬間。

 ミサイルはポリスマンの全力エネルギーに撃ち抜かれ、その場で大爆発を起こした。
 その様子を超人的な視力で見届けたポリスマンは、思わずマスク越しで笑みを浮かべてしまう。

「よーし、やったぞジョン。ミサイルは破壊した! 後はあの島に向けていくだけだ。頼む!」

「はい、警部!」

 その言葉に従い、ヘリを飛行大陸に向かわせるジョン。
 
 だが、次の瞬間。

「あ――――?」

 突然、ジョンが訳のわからない言葉を呟いた。
 何事か、と思いネルソンは操縦席を覗き込む。

「どうしたジョン、何が……!」

 だがそこまで言いかけたと同時、気付いてしまう。
 ヘリの硝子を突き抜き、そのままジョン・ハイマンの腹を撃ち抜いた『何かの存在』に、だ。
 しかも時間にすると数秒もない。
 本当に一瞬の出来事だったのだ。

「おいジョン、しっかりしろ!」

「ぐっ――――!」

 何かに撃たれた腹部の傷。
 その部分を中心として、ジョンの身体全体に言葉にならない痛みと熱が襲い掛かってくるが、それでも彼はヘリの移動を止めない。

「警部、このまま突っ込みます!」

「――――」

 ネルソンが何か言っているが、今の自分の耳には届いていない。
 腹から伝わる猛烈な痛みと熱は更に勢いを増して身体に襲い掛かってくるが、そんなの知ったことか。
 そんなのは耐えればどうとでもなる。
 歯を食いしばれば、気休めにだってなる。

 今は痛みがあろうが、必ずこの人をあそこへ送り届ける。
 
 きっとそれが、今のこの状況で自分に出来る最大の仕事なのだ。
 それならこんな事で根を上げてなんかいられない。



(そうですよね? 警部――――)



 そう思いながらも、ジョンが動かすヘリは直接塔の内部へと突入していく。

 大きな破砕音と、一人の青年の意識が暗闇の中へと消えていったのはほぼ同時だった。





 続く


エリック「次々と襲い掛かる邪神ドレッドの子供たち。脅威の能力を秘めるアナザー・リーサルウェポンを持つ彼等の更に奥に待ち受けるバルギルドを目指し、俺たちは前へと進んでいく」

狂夜「だが、前に進めば進むたびに僕らには衝撃的な壁が待ち受けるだけだった」

マーティオ「次回、『駆け上がれ』」

ネルソン「おい、ジョン起きろ。何寝てるんだ、お前……?」













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